父 -2018年 夏⑦-

  お葬式の朝。髪の毛のセットと着付けで朝8時に会場入り。
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  去年の夏、父が肺炎で入院した時に、もしかすると…と思い、母と喪服一式全部揃っているかどうかの確認をしたおかげで今回慌てずに済みました。特に私はどのタイミングで帰省できるかもわからず、日本到着した途端通夜葬儀だった場合、不足品を買いに行くこともできないですし、準備をしておこうと思ったのです。喪服のレンタルもありますが、せっかく両親が作ってくれたものがあるのに、それを着ずに借りるのも悲しいですから。まだ父が生きている間に喪服の心配をするのは気持ちの良いものではなかったですが、その準備の機会をくれたのも父の計画だった様に思えます。




  お葬式、喪主は長男弟でした。これは父が生前から決めていて、葬儀での挨拶の仕方まで伝えていたそうです。
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  参列者は会場に入りきらないほど来てくださり、急遽ロビーに椅子を並べてもらわなければいけないほどで、私達家族も葬祭会社の人たちも驚くほどでした。

  長男弟の嫁、義妹ちゃんも退院したばかりでまだ体も辛いだろうにお葬式の間だけでもとお兄さんとご両親と共に駆けつけて「お義父さん、すみません。遅くなりました。」と言いながら、手紙を父のお棺に入れてくれていました。義理の娘なんだけれども、なんだか父と似ていて実の娘よりも娘らしかったりする義妹ちゃん。父には義妹ちゃんの入院手術のことは伝えなかったのだけれど、父はちゃんとわかっていて彼女には負担をかけず、でもお葬式には間に合う様にと絶妙のタイミングで逝った様な気がするのです。
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  最後、お棺に花を納める時、ふっと息子の顔を見ると目が赤くなっていて、泣いていました。あまり物事に動じず、感情をあまり見せない息子なので驚きました。そこまでおじいちゃんの事を思ってくれて、おじいちゃんの愛情もちゃんとわかっていたんだなぁ、口に出さないだけで。なんだか安心しました。
  お棺におさめる手紙も多分英語の文を頑張って日本語に直したんだろうなぁという文章でしたが書いてくれました。シンプルだけれど息子らしくて、父も喜んでくれる様な気がしました。
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  葬儀場から火葬場へはジョフが父を乗せたリムジン(霊柩車)に同乗することになりました。私はその後に続くマイクロバスに母や親戚の人たちと乗り込みました。リムジンはわざわざ実家の横の道を通るルートを取りました。実家の近所を通りかかった時、道端に出て父の霊柩車に手を合わせてくださっている人々の姿がありました。ありがたくて、お父さん良かったねぇと心の中で呟きました。
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  火葬場で着火のボタンを押すのは喪主、長男弟の役目です。父自身も自分の母親(私の祖母)の火葬でボタンを押していますから、長男弟ともその話をしていたそう。なんとも辛い役目ですが、それを母にさせずに済んだのは良かったと言っていました。父もそれを思って喪主に長男を指名したのでしょうね。

  亡くなる前々日までは自力で歩こうとしていた父は、足の骨もしっかりしていました。とても抗癌剤治療を受けていた人とは思えないくらい。帰りはジョフが父の遺骨を抱いて、私は遺影を抱えてマイクロバスに乗り込みました。
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  帰りのマイクロバスの中で父の高校時代からの友人が、「彼は良い時に行ったのかもなぁ。まだ半分くらいは同級生も生きてて見送ってくれたし、あっちの世界にも友達いてるし。」って言われていて思わず納得。「僕の時は見送ってくれる同級生は(先にあっちの世界に行ってしまってて)少ないかもなぁ。」なんて言われていました。

  葬祭センターへ戻り、還骨法要と初七日法要が営まれました。その後、お料理屋さんへ移動して精進落とし。葬儀が無事済んだ事等感謝の気持ちで親戚等をお料理でおもてなし。
  皆さん、娘の私が長期に帰省して看病し父を送った事を「お父さん、本当にお幸せだったでしょう。よく看てあげたね。」と言って私のことも労ってくださるのでありがたくて。この1ヶ月は毎日父にどうしてあげれるか何をしてあげれるかを母と考え必死でした。

  葬儀に際して、アメリカの友人達が電報を送ってくれました。沢山の電報の中に見知った名前を見つけた時、張り詰めていた気持ちが解れて、みんながいてくれると思うと心強く感じられたのでした。葬儀の翌日に花籠を送ってくれた友人達もいました。お葬式の会場はお花がいっぱいでしたが、家へ帰るとシンプルな祭壇と飾りだけになったところへ届いたお花は香りも良く、母や私の気持ちをとても和ませてくれました。
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  私の帰米予定までまだ日数がありましたが、叔父が「もう少し長く残れないか?叔父さんからもジョフさんに頼んでみる。」と言い、ジョフも良いと言ってくれたので、帰米予定を延ばし、息子の新学年の始まる前日に帰ることにしました。今度こそ本当に1人になってしまった母が気がかりで、もう少し落ち着くまで一緒にいてあげれることになり私自身もホッとしました。またしばらくジョフと息子には迷惑をかけてしまうけれど…。
  

by sivasiva21 | 2019-06-22 09:43 | Trackback | Comments(0)
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