父 -2018年 夏⑥-

  8/11(土)午前中はジョフや息子のお葬式の服などを買いに出掛けました。数日前にまだアメリカにいるジョフとそれらを準備した方が良いと話していたのですが、買いに行こうと思っていた日に日本行きの飛行機に乗ることになってしまったのでした。

  息子の黒いパンツなどは早いうちにサイズを合わせて買っていましたし、ジョフは私の祖母のお葬式で喪服も揃えたのですが、ワイシャツなど買い足さなければならないものがありました。息子は靴が必要でした。それらを買いに行く時間もちゃんとあったのもなんだか父の配慮の様な気がするのでした。

  午後3時からの湯灌・納棺の前に、近所の方が早めに集まって父にお経を唱えて下さいました。湯灌は、祖母の時と同じ様に業者の方がバスタブを運び入れてお湯をかけながらする方法をお願いしました。お風呂好きの父がきっと喜ぶだろうと家族一致で。




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  棺桶、生前「棺桶はどうせ燃やしてしまうのだからダンボールで良い!」などと言っていたそうですが、母は「それは息子達が選ぶ事だから。」と窘めたのだとか…。弟達が選んだ棺桶は中に畳が敷かれていました!畳が好きでベッドもマットレスではなく畳になったものを愛用していた父にぴったりのものでした。棺桶を選んだ時には誰も気づいていなくて(あれこれ決めることが多い上に動揺もしていますしね)、棺桶の中に敷かれた畳を見てみんなが満足しました。そして、旅立つ父に着せるのに母が用意したのは思い出の品である浴衣、草履、父の愛用の帽子。
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  息子も手伝って納棺。自宅出棺は明日の午後なので、父は棺桶に入ったままもう一晩家で過ごします。夏場ですが、お腹にドライアイスを抱えさせ、部屋の冷房を効かせてあるので問題はありませんでした。父がほとんど何も食べなくなっていた事も関係しているかもしれません。ドライアイスは葬祭会社の人が毎日の様に新しいものを持ってこられていました。
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  納棺の際には次男弟達は写真や手紙を持ってきて入れていました。虎ちゃんはおじいちゃんが冗談で「棺桶に薩摩芋入れて焼き芋にして食べよう!」と言っていたのを受けてさつま芋も持ってきてくれました。
  生前から、冗談まじりで自分のお葬式の話をしたりしていた父でした。闘病が長かったこと、完治はしないと最初から宣告されていたことで、そういう話も出来たのだと思います。まるお君は以前おじいちゃんに作ってあげた金メダルを棺桶に納めました。母は眼鏡をどうしても持たせたくて、金属類である眼鏡をかけることは許されないのだそうですがこっそり父の体のそばに納めていました。

  私は入れるものが思いつきませんでした。何も入れなくても大丈夫!この1ヶ月毎日父と過ごし、してあげられることはやれたという思いもありましたし。
  父は目に見える形のあるものだけではなく目に見えない家族の思いと共にお棺に納まりました。

  タイミングによっては今日あたりが通夜になるのですが、"友引"が入ったので、かなり時間があり、葬儀に向けてゆっくり準備をすることが出来ました。子供達は毎日の様にいとこと会え、ちょっとしたお祭り騒ぎデス。それも父が計画していた様にも感じられ、父も同じ様にお祭り騒ぎを楽しんでいる様な気がしました。
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  翌日は午前中ジョフと息子をヘアカットへ連れて行きました。お盆前で忙しい時期だったのですが、急遽日本へ来る2人のヘアカットをOKしてくれた美容師さん!感謝!ジョフも息子も日本へくれば必ず行くお店で気心も知れています。いつの間にかうちの母も通う様になっていて父の闘病中も色々と励ましてくれ、父が皮膚症状で困っていた時には高級ローションをくださったり親切にしてもらっているのデス。父のことも残念がって、母のことも心配して下さいました。そして私には「お母さんも心配ないよ。御主人亡くしたおばちゃん達みんな1年くらいはしょんぼりしてるけれど、そのあとは元気になってるから!むしろパワーアップ?!(笑)」と言って励ましてくれたり。日々女性を相手にお仕事されてるだけに説得力があります。

  午後3時出棺。特に役割分担していたわけではなかったのですが、私とジョフが父の遺影を持って霊柩車に乗り込み葬祭会場へ向かい、夕方から通夜が始まりました。その通夜に今は関東に住む私の友達Kazuccha が来てくれたのにはびっくりしました。以前は帰省の度に会っていましたが、ここ数年は父のこともあり関東へは行けず、Kazucchaが地元へ帰省する時期と私の滞在が重ならなかったりして会えていなかったのです。今回はお盆に帰省するKazucchaと会えたらいいね〜と言っていたところ、父が亡くなったので会えないと連絡した時はKazucchaは東京駅でした。なのに、喪服を着て通夜会場に現れたKazuccha!後から帰省に合流する御主人に喪服を持ってきてもらったそうで、そこまでして通夜に駆けつけてくれたことがとても嬉しく、ありがたく思いました。父がこの数年間は自分のせいで私が関東の友達に会えていないことを知っていて、このタイミングでの通夜だったのかもしれないと思わせる出来事でした。
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  この夜は葬祭センターでの夜伽。息子もいとこやおじさん達と一緒に泊まって、おじいちゃんとの最後の夜を過ごしました。明日は告別式です。

by sivasiva21 | 2019-06-13 09:23 | Trackback | Comments(0)
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